資本主義の限界

2016/04/29

ぼくらの生活の主要な部分は買い物をすることで成り立っている。その売っているモノ・買えるモノは企業が作って供給している。

これは現在に限った話ではなく、将来にも続いていく。

新商品・新サービスが世の中に出回ることをシュンペーターという学者が「イノベーション」と名付けていて、ぼくらの未来の生活はイノベーションがどのように起こるかにかかっている。

イノベーションは、新技術の発明に限らず、商品・サービスの作り方を変えたり、どこか外国から未知の品を輸入してくることも含まれる。

そして、このようなイノベーションの探索活動も企業が担っている。 つまり、企業というシステムの良し悪しは、ぼくらの生活に大きく影響する重要なテーマだ。

株式会社と資本主義とは

企業という組織が始まって以来、主流スタイルの会社は"株式会社"だった。

歴史上初の株式会社であるオランダ東インド会社は1602年設立で、その株券・債券を売買するためにアムステルダム証券取引所が作られたのだという。

それ以来、世界各国で株式会社の数も増え、規模も大きくなり、資産も労働者も会社のもとに集まってきた。

このように、株式会社を経済の主役とする経済を「資本主義」という。 これに対して王侯貴族が主役の封建主義や、政府が計画をとり仕切る社会主義というスタイルもあった。

株式会社と資本主義は、歴史上いくつか存在したシステムの中で生き残ったものだから、確かに封建主義や社会主義よりは強いフォーマットだとは思う。

ただ、資本主義が終着駅であるという保障があるわけでもない。

ぼくはいま、経営者という立場で株式会社の経営ルールに直接触れる立ち位置にあって、「株式会社って21世紀のビジネスにフィットしてないかもしれないなぁ」と感じている。

社会の前提が変わってきて、従来の株式会社の勝ちパターンが通用する割合がとても下がっているように思う。

簡素なビジネスの競争激化

資本主義・株式会社の要点は、カネを持っている人から集めてきて企業活動に使う、という点だ。

だから、カネを集めれば勝てるビジネスには強い。

ひとつには、当初の貿易業のようにハイリスク・ハイリターンだがいくつか成功すれば儲かるビジネス。

損害保険が船の輸送の歴史とともに発展してきたとおり、トータルのリスクとリターンが合っていれば部分的な危険をとってでも新航路を開拓していける。

これが19世紀までのメインストーリー。

また、もう1つの分野として “資本集約型” の産業である工業やインフラビジネスにも強い。 工業では工場や設備などに多額のカネが必要となり、10年以上もかけて回収するような投資が必要になる。

ビジネス立ち上げの成り行きから見ると、カネが集まることでそれまでできなかった製品や施設を供給できるようになるから勝てる、というロジックになる。

これは20世紀のストーリーだ。

問題は、貿易や工業の次に来る21世紀の産業が資金力で勝てる産業なのか?または、そもそも工業の次の産業そのものが立ち上がるのか?という点。

「糸へん産業」「金へん産業」という言葉で知られるように産業にはトレンドがあり、これらの簡素なビジネスは、世界分業の中で歴史とともに中心地が移っていく。

日本の中心産業であったメーカーがここのところ不振でいよいよ時計の針が進んだ感がある。 工場運営には生産技術・労働の熟練度が必要なため、いちど火を止めてしまったら原則として再開は考えられない。

ぼくらはいま、新しい経済の入口に立っているのだと思う。

知識集約型ビジネスと資本主義のフィット感は五分五分

いま、農業・工業のピークを過ぎた先進国で成長し続けている産業は、金融・医薬・ソフトウェアといった"思考力"が問われる知識集約産業だ。

このような産業でも、医薬の研究結果や開発したソフトウェアを「無形資産」と考えて、かつて工場設備などの有形資産に投資してきたのと同じように資本家が無形資産に出資しているのだ、という建前になっている。

問題は、有形資産と無形資産の性質はえらく違う、ということだ。

工場設備などの有形資産は、たくさん買って導入すればたくさん物を作れる。そこで働く労働者も大勢いるほどたくさん作れる。

お金の投入量に比例していた。

ところが、無形資産の実態は、従業員が働いた給料を足し上げているだけに過ぎない。 極端な話、年収500万の社員10人が1年分サボっていただけだったとしても、5000万円の無形資産が誕生する。

このような場合、何もできていないから1年経った時点であきらめたとすると、5000万の資産が特別損失の除却損として一瞬にして吹き飛ぶ。

1年もサボり続けているようなケースは異常だとしても、世の中のニーズとピントのズレたものを開発している場合にも同じ結果になる。

つまり、株を売ってお金を集めて、土地・建物・工場・機械を大ざっぱに沢山買えばリターンがある、というような資本主義&株式会社の雑な勝ちパターンが通じなくなっている。

お金が積まれているかどうかは二の次で、そんなことより最前線で具体的なビジネス課題と格闘している人がどれだけ賢いか、ということの方が重要になっている。

21世紀のイノベーションは人的チームワークから生まれる

やや結論めいたことを言えば、今後のイノベーションに重要な資源は、マーケティングと業種別の高度な専門能力だと思う。

どちらの能力もその場その場で頭を使わなくてはならないから、「いま何ができるのか?どのように働けるのか?」が重要だ。

ニーズが多様化してサービスの比率が高まってくると、どのビジネスでも多かれ少なかれ自転車操業の要素が強くなる。

マーケティングを学んだ人であれば周知のとおり、ブランドでさえデザインを定めることではなく、日々使うことから収益性が生まれてくる。

また、複数の専門家が協力してプロジェクトの複雑度が上がるほど他社は真似しづらくなるため、チームワークが主な参入障壁になる。

チームワークの要素としては、まずプレーヤー個々の戦闘力があり、またオーケストラの指揮者にあたるファシリテーション能力も求められる。

そして実は、チームワークを壊す人を排除することも意外に重要だ。“分かっていない人"がチームにいると、全体の出力が著しく落ちる。

21世紀のイノベーションは、このようなプロジェクト運営の努力から生み出される。

競争力を高める観点では「無形資産」という会計概念はむしろ判断を誤らせる間違ったアイディアだと思う。(より専門的に考えるなら「 サンク・コストは忘れろ」というセオリーからも裏付けられるだろう)

このように、今後の会社は、第1にプロの事業努力が大切で、お金の役割は決定的ではなくなる。

保険の役割が重要に

資本に残された役割があるとすれば、それは"保険"機能だと思う。 ベンチャー投資の分野では、誰もが知っているような優れた上場企業になる成功確率は1000件に3つと言われている。

定まった勝ちパターンが定義できない市場になったため、失敗した場合のセーフティネットが重要になる。 ある意味、船がどこに着くのか、無事に帰って来られるのか、によってリターンが決まる(そしてけっこう難破する)大航海時代の投資モデルに回帰しているのかもしれない。

たとえば、医薬メーカーやハイテク産業では、体力のない下位のプレーヤーから順に脱落しているが、それは保険機能を果たすには規模が不足しているからだ。

一方で、小口の新規ビジネスでは1単位の投資単位が下がったため、いわゆる"アニキファイナンス"のように「ちょっとカネ出してやるから頑張ってみな」という残念事案も現にあるが、数百万程度の出資には保険としての効果はないから、百害あって一利なしと言い切れる。

アニキが株の過半を持ってしまうと、資本主義の法的ルールによって最終的に会社はアニキのものになってしまう。

これは実際の効果としては貸しはがしのヤミ金と違いがない。 このようなアニキは反社会的勢力と考えるべきだ。

ベンチャーキャピタルのファンドマネージャーに話を聞いたことがあるが「資本政策は後もどりできない。時間のムダだ」というのが結論だった。

また、日本の場合は、銀行融資について株式会社の有限責任の原則がぶっ壊れているという問題もあるが、ここでは掘り下げない。

けっきょくのところ、今後のイノベーションとは創業メンバーが自力で先頭打者ホームランを打つところから始まるように思う。

補論:産業トレンドとの関係

実はこのような前提の変化は、経済学では80年も昔に指摘されている。

「作れば作っただけ売れる」という理論を セイの法則というが、ケインズは1936年『雇用・利子および貨幣の一般理論』で「作っても売れない場合がある」という現象にもとづくロジックを述べて広く支持された。

経営学の分野でも、持続的優位性の期間がどんどん短くなっているということや、新参技術が大手を駆逐する破壊的イノベーションなどの新しい現実が登場してきた。

大ざっぱにみて第二次世界大戦後の平和な時代に国際分業が進んできたから、セイの法則が通用する古い経済、シンプルな資本主義が強い市場が先進国から発展途上国に逃げていったのだと思う。

日本の高度成長もその通過点だったのだろう。“奇跡の復興"は、石炭・鉄鋼への重点投資による 傾斜生産方式から始まり、重化学工業に発展してきた。そして1990年代以降、これら基幹産業の中心地はインド・中国・東南アジアに移り、日本は衰退期を迎えている。

時計の針が戻らないことは、大英帝国などの先行例からも明らかだ。
今後の日本の市場環境も、生の実力主義が問われることになるだろう。

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