一昨晩、猛烈な歯痛で目を覚ます。
不可解としか言いようがなかった。まったく医者に行かないから、虫歯の可能性は捨て切れない。
しかし、予兆なく激痛をひき起こす虫歯などあるのだろうか?
親知らずが斜めに生えてきた、ということの方がまだありそうだ。今さら?
ただ原因が何であれ、夜中にできることなど何もない。
10分ほどの周期的な間隔で激痛の波に襲われる。
「この手の拷問があったよな」と、何の役にも立たない知識のみ浮かんでくる。
翌日。
痛みがひく症状もあるだろうに、激痛の周期は継続し続けた。
こうなってくるとむしろ悪化していく可能性の方が高い。
何はともあれ歯医者だ。
急患でかかり、レントゲンと目視の診察で分かったのは意外な状況だった。
まず、虫歯はない。欠けている部分はあるが、虫歯はゼロ。
となると親知らずだが、埋没しているものの、レントゲンを見るかぎり角度に異常はなく、少なくとも周囲を圧迫しているようには見えない。
……外科的に異常所見のない歯痛。
医者の診断によると、これは歯周病なのだという。
処方は抗菌剤。
これは親知らずを抜歯することになるぞ、と相当の覚悟をして来たのに、処置らしいものもなく抗菌剤を片手に帰途につく。
ここまで半日進展なし。一辺倒に痛みが続いている。
ここからはとにかく薬だ。
歯痛だというのに、抗菌剤も痛み止めもよりによって食後に飲む薬。
薬のために激痛を押して食べるところに闘争のハイライトがあるなどと、地味すぎて外面からは金輪際理解できないだろう。
そしてアプローチは合っていた。
病原菌はしぶとく、1日経過した今に至るまで完治していないが、抗菌剤のひと粒ごとに痛みの強度がひいていく。
治ってきたことでようやく全貌が見えてくる。
急性の細菌感染症で間違いないと。
普段いっさい病気に罹らないが、この猛威を食らえば「交通事故でなければ、きっとこのシナリオで死ぬのであろう」と想像がつく。
人類は、ウイルスも細菌も克服したとは言えない。
各人の免疫が落ちれば、身近な微小生物に侵食されて死にゆくことに変わりない。
いずれ避けられない未来を一幕眺めたということだ。
従容として受け入れるより他はない。
しかし、その過程で思いがけぬ落とし穴があることにも気づいた。
歯科というレモン市場
あまり詳しく立ち入るつもりはないが、医者のなかでも歯医者は完全に独立したジャンルであり、とりわけ信用しづらい。
保険診療のカバーしている範囲が狭く、義歯の類は異常に多種多様であり、どうやら一物一価でもない。
また、診療じたいもアグレッシブに削りすぎていないか?という疑念がつきまとう。
大枚をもって一生懸命に治したとして、とどのつまり総入れ歯になるのであれば部分的な治療の意義も薄れる。
ことの真偽は医者の内心にしかないから、情報の非対称性が強く、典型的なレモンに見える。
情報の供給がブレークスルーになるのだろうが、いまある口コミサイトについては、端的にものの役に立たないだろう。
今回、抗菌剤は効いているので診断は合っていたわけだが、合わせて「将来のために親知らずは抜くべきだろう」とアドバイスを受けている。
また、欠けている部分の補修についても非常に積極的だ。
親知らずが原因なのであれば再発の可能性は高いから医者の提言には一理ある。
しかし抗菌剤が即効ではなかったために分かったことがある。
じょじょに効くにつれ、最後にノドの痛みが残っていることに気づいた。
おそらくのどの傷が発症の原因であり、抵抗力が不足していたがために顎から歯にかけて細菌が広がったのだろうと考えている。
顔面には神経が集中しているから、歯の痛みが優勢となれば歯科医にかかるより他ない。
ここまでコロナウイルスのオミクロン株が蔓延していたから、無症状のまま罹患していて常在菌に日和見感染していた、というのが自然な背景に見えている。
ところが、歯医者に行けば歯を治す話になる。
論としては自然だが、感染症として見れば異空間に脱線したようなものだ。
今回は虫歯がなかったことと、細菌感染の対症療法がたまたま同じだったに過ぎず、虫歯が見つかればそこを治す話になっていたに違いないのだ。
1つ言えるのは歯痛の切迫しているときに、医者を選ぶ余裕はないということだ。
比較する思考力など到底でない。
歯科医については、じっさいに治すべき段階では遅く、歯石のクリーニングの機会を作って接触しておく方が適切に選択できる。
大規模工事の初動は売り込みから始まるから、語るに落ちる、となろう。
抗菌剤というインフラ
今回、窮地を救ってくれた抗菌剤はセフカペンピボキシルのジェネリック剤だ。
主にグラム陰性の細菌に適当に処方して適当に効く薬で、これがジェネリックに供給されていることは文明の勝利であると思う。
ただこの薬、過去にリコールされている。
認可された後に流通していたロットが所定の機能を満たしていなかったため、回収して作り直している。
ジェネリックは特許切れだから同じものを安く作れている、という筋は概ね正しいのだが、それ以外の製造工程で機能に差があり、安かろう悪かろうも起きうるということを知った。
また複数のジェネリックメーカーが相乗りで製造していたため、このリコールでは一網打尽になっている。
抗菌剤は効きが悪ければ新たな耐性菌を生み出すことにもなるから、市場原理でテキトーな製品が流通すると公衆衛生が崩壊しかねない。
一市民にできることは何もない。
ありふれた細菌にいかにコモディティで対抗できるか、という古代からある課題の主力として品質の維持・発展を願うばかりだ。
あらためて、適切な抗菌剤を飲む以外に治る道はなかったと思う。
どんなにアンチエイジングを叫んだところで人間の免疫は加齢で落ちる一方だ。最後の一幕あるいはその序章で常在菌に押し切られるのだと思う。
日本は災害の多い国でもあり、薬の供給が途絶えれば思っているよりも簡単に重症化するものだ。
死に至る景色は、今も昔もそう変わりはないのだろう。